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昭和12年
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●岡崎にて爆破解体を専門とする山田喜八郎商店を創業。
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昭和13年
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●牛皿店「美味んぼ倶楽部」を開業。しかしメニューの内容が帝國を侮辱しているとして公安当局より操業停止を命じられる
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昭和15年
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●それなりの力でそれなりの威力を持つ画期的な発破装置「キ-75号」の開発に成功。帝国陸軍に正式に採用される。
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昭和17年
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●キ-75号、「それなり」の部分が武士道精神に反する、という理由で帝国陸軍から採用を取り消される。 |
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昭和18年
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●純度の高い黒色火薬を闇花火業者に流したとして創業者の山田喜八郎、佐渡へ島流しとなる。
●不況のあおりを受けて店舗を一時閉鎖。しかしすぐ地下活動に転じ、極秘裏のうちに昭和天皇に対し「ラヴ&ピース」を伝授。(世界初)
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昭和20年
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●終戦のどさくさに紛れて「愛知安全発破開発株式会社」として復活。(無認可)米軍のアルコール混じりの怪しい軽油を販売、爆発的なヒットとなる。
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昭和21年
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●新エネルギー「ラブノロジー」を開発、宇宙開発に名乗りをあげるも時期尚早との事から断念
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| 昭和24年 |
●無事お正月を迎える。 |
| 昭和26年 |
●秘密結社「ドクロストーン」との間でダイナマイトの独占的供給契約を結ぶ。また、同社の「地脈に爆弾を仕掛けて日本沈没作戦」に関して技術協力協定を締結。 |
| 昭和27年 |
●美味しいラーメン屋さんを発見、大満足する。 |
| 昭和30年 |
●島流しになっていた創業者の山田喜八郎、グアムのジャングルで発見される。
「はずかしながら、帰りタマコフスキー」 |
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